京の香り  20140716

京都は、小学生の修学旅行を手始めに、大学生時分より何度となく遊び歩いた。観光地がほとんどであるが、蕎麦と豆腐が大好きであったので、人づてに聞くお店にはわざわざ足を運び食したものである。

家庭を持ってからは、子供も愛犬も同行するので、入れるお店、観光すら限られてしまっていたのだが、病気を患ってから、週に2回とか3回をもうかれこれ一年半に及び、流石に狭い路地、情緒ある商店街など至るところに妙に精通する。

ただ京都駅から、しょうざん(松山)にタクシーで往復するだけなので、偏っていることは間違いないであろうが、季節ごとに、運転手から得る情報や、僕から質問をしたり、この期間になると、行き帰りの運転手が以前と同じ人にも出会うのである。

古民家の表情、だし巻き専門店、ラーメン屋、漬け物屋、ステーキ屋、和菓子屋など枚挙に暇がない。

がしかし、それらの味を理解しているのではない。外観、運ちゃんからの情報であり、耳どしよりとは正にこのことであろう。

あくまで京都行きは、しょうざん鍼灸院での治療がメインであるから、これから少しづづ視点を変えて、いろんな場所に足を運んでみたいと思い始めている。

これから先、まず一年は中井先生の針を受けに通うはずで、一口雑談のような 新しい路地裏の京都発見伝 なんて良いかもしれないね。

一般的な見解はわからないが、僕が一年間を通して解った京都という街は、伝統文化が根付く土地であり、住民が無くしてはならないものをしっかり理解しているように思えてならない。

観光は、伝統の保存と地道な住民による文化意識向上のなせる技であろう。観光客が年中絶えない文化遺産はまだまだ世界を魅了して行くはずである。

タクシーが多いのも、一般客と観光客がいるからなのであろう、通常の道路では、大阪などと比べると、はるかに普通車が少ない。地下鉄やバスなどが十分機能しているのかも分からないが、道路が混みすぎていて普通車では疲れるような気がする。

当たらずとも遠からずかな?

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