10月2日(火曜日)

とうとう明日が手術です。25時間ほどは麻酔で寝たきりになります。集中治療室に入るので、どうも気持ちが落ち着かない本日であります。外科の両津先生が(担当医)桑田佳祐ややしきたかじんの病気が僕と同じらしく、手術の工程を説明するにはぴったりと思ったのだろうが、彼らに負けない経験は一杯していると思うので、元気になったらおもろい事せなあかんわ。朝7時には採血が始まり、夜は7時に下剤を飲まないといけなくなっており、うんちを看護婦に見せるという痴態を披露せねば進行しない。ほんまかいなと半信半疑となる。変な物食ってないよ、理解出来んねと聞くと看護婦は慣れたもの、食事の残物の確認をしておかないと、手術で大事になるからね。

頸と喉が相変わらず痛いのが今一番不安な点である。

3時ごろであろうか、突然の合田会長の訪問で、あっという間の2時間、いろんな話を海ちゃんも含め3人でした。旅行の話、子供の話、人生における話、病気の話、やっぱり健康が一番であると痛感。まずは今宵のこの時間を有意義にしたいと考えてみるのだが、いかんせん、明日は手術、落ち着いて話し込めるわけもなく、その間麻酔の先生、手術の書類、会社からの電話等あっという間に晩御飯、一生懸命食べたと思ったらすぐさま看護婦が、下剤を持って現れた。まいったねこれには、さっきプリン食べててよかった。

担当医両津先生が部屋をのぞきに来る。もし初めて外で会ったらまずからかって遊びたいであろう姿、喋り方、雰囲気なのであるが、担当医というだけで気分的にやたら大人の対応をする自分に驚く。

これは早く寝るか、逆に遅くまで起きていて、睡眠薬で死んだように26時間寝てしまうかである。二度目の大きな手術,生きるために必要なことならば、やらいでか。

 

 

ここで数日間が飛びます

病院の記録と共に後に甦らせるようにしましょう

10月1日(月曜日)

本日は朝早くから痛み止めの薬を飲んでくださいと看護婦が良いに来たのだ。何事や?

弱めの痛みどめやのに、、。わざわざ6時に起こすほどでもあるまいに。内視鏡検査が朝在る為多少の時間の空きを取る意図なのだろうか?

現場に於いて、本日は、手術後リハビリの予定と内視鏡検査がダブっていており、優先はリハビリ先行で行われた。息の仕方、コントロールをして、術後の感染、肺炎の併発を発生させない大切なカリキュラムなのである。約20分の腹式呼吸のやり方を終え、内視鏡検査の呼び出しで検査に行く。手術前の合計で今回で4回目である。前回食道の中の上部の癌が消えているという話であったのがやはり今回もきれいに無くなっているようである。

その為か、食道上部の切断箇所のマーキングが一度でできず、二度にわたる検査になる。

とにかくヘロヘロであります。次いでレントゲン写真で終了の運び。何か腑に落ちない。

本日は担当医、主治医、海ちゃんとを加えた手術の打ち合わせがありそこでしっかり聞くとしよう。

事もあろうに本日は大阪黒十字病院にとって年に一度の避難訓練の日に当たり、13時から地震、津波、停電、非常階段、自家発電、病院という場所における非常事態を肌で感じながら、早く自宅に帰してやりたい海ちゃんと共に、訓練最中に手術説明を受けれる結果に至り、思いっきり万歳を唱えた我々であった。

家内帰宅後マージ君と本間君が来院する。取田さんの話にもなり、話が盛り上がる最中に、看護婦の訪問があり、麻酔の先生の説明は家内にも聞いてもらわないとだめとのことで、えらい事でありましたが、急きょ明日の説明に変更をお願いし、事なきを得ました。

マージ君と本間君の話は取田さん及びパートさん、本間君の別れた二度目の家族の話をして息抜きをしました。大和田さんからのサンプルはいい感じでしたが明日説明を担当営業にするしかないでしょう。頑張れ、営業のみんな。