不慮の事故   20141002

不慮の事故   20141002

新聞、テレビでは、木曽の御嶽山の噴火の報道で他の事件や、出来事が予定の順位での扱いを受けていないものが多々ある。

事態は現在、死者47名、行方不明者の検索は今後行われるという状況である。今まで、紅葉を主体として観光場所であったところが、一夜にして凄惨な場所に変貌を遂げている。山岳救助の全てを集結し、自衛隊がヘリコプターを駆使し、天候不順では登山隊を編成し活動報告が主流となっている。

まだまだ噴煙は続いており、有毒ガスも蔓延していて、明確な結果は未だ数日を要すのであろう。

行方不明で,山下で家族を待ち続ける人の心情は筆舌しがたい、無念としか言いようがない。

現在の世の中は、老後のことを事あるごとに先延ばしにする政治風潮があるが、補償をしっかりとして豊かな現在を過ごす人が増えないとさみしい限りである。

運命と云えばそれまでであるが、残った家族の方たちのより強い生き方、人生を応援したい。亡くなった方の分もしょって泣き、笑い、謳歌して欲しいと切に思う。

自分につい置き換えてしまうのであるが、生かされている自分の責務とは、生き抜く、五感を駆使して可能な限りの感動を味わう、そんな神の声が降り注ぐような気がする。

天候に左右される場所であるだけに、行方不明の家族の方は、相当な体力の消耗と、精神的な苦痛と、得体のしれない不安だらけであろうと思う。

少しでも早く、なるべく痛んでいない状況での発見と救出を願うばかりである。

冥福を祈る。やはり自然は驚異であり誰も予測がつかないことが沢山あるものだ。

 

積雪、天候の状況で、数人の行方不明の人を残して越年となり、翌6月に再捜索となる。まだ残雪1メートルであるが、少しでも残された家族の元へ帰られることを願う。

 

初めてのお店    20140928

 

初めてのお店   20140928

このところ、すこぶる天気が良く、涼しさも加わり秋の装いになってきた。朝と夕方の寒さだけ注意が必要で、至る所で風邪ひきの人に出会うのだ。

上六の王子歯科で検診後、海ちゃんの誕生日のケーキを買いに、初めてのお店、リエルグ に行った。

どれも美味しそうで、初めてなので7種類を購入しました。息子を含め三人で味を見ながら店の評価をしたいのが本音であります。なんせ、シェ アオタニを抑えての一位ですから、期待が一杯になるのはしょうがない処。

小森の姓を取って リエ 修行していた地元の名前が ルグ その掛け合わせが店名らしい。

結構地元では愛されているようである。

誕生日のケーキを大きなもの一つから、小さなものを5~6個に変更をしたのは、色んな味を楽しむ事と、飽きないで食べつくす為に我が家では数年前から変更しているのだ。

夕食は、韓国肉料理 サムゲタン を食べ、ケーキを皆で食す。

さて、ケーキの味であるが、これはもちろん人それぞれ十人十色であり僕の感想であるが

ひと切れが一般より少し小さめで、味は非常に濃厚である。なるほど、人気店という趣であるが、常時食すには少しきつめかな、私は未だ喉が回復途上だからかマロングラッセが一番おいしかった。

ワインを買うつもりであったが、お腹がいっぱいで入らなかったであろう、至福である。

末娘ミルキーもおこぼれの生クリームに満足しているようである。

 

 

 

 言葉の不思議    20140930

何時ものバスと京都駅 P1000595

言葉の不思議    20140930

朝、おはよう の言葉を投げかける。挨拶であり今日も一日元気に過ごすぞ という気持ちが入る場合と、寝覚めが悪く体調が思わしくない状況の おはよう では天と地程の差が生じてしまうものである。

こればかりは、好むと好まざるとに関わらず、自然発生と云うべき事態である。

さて、京都に行く大阪バスはかれこれ150回になると思うがドライバーでこちらの気分もすこぶる変化をきたす。

中でも年配の篠ちゃんというおじいさんは何時でも おはようございます と大きな声で必ず一人ひとりに声を掛けるのだ。 こちらは嫌なことが在っても思わずもういいや、と元気になってしまう程の出来事になるのである。いつの間にか、バスに乗る時に、ついついドライバーをチェックしてしまう癖がついてしまった。

中には、挨拶もなく、無愛想な人もいるし、会釈しかしないのだがほのぼの感が漂っている人もいて、わずか一分足らずの瞬間でこうも気分が左右されるとは、我ながら驚きである。

まだまだ笑顔、挨拶が大きな反応をもたらす不思議に出会いと、挨拶の大切さを感じる。

胸が躍る瞬間であり、ついつい微笑んでしまうのって、良いよね。

 

 

初めての事故  20140807

しょうざんでの鍼灸治療が、先週26日より、ひとつレベルが上がりました。頬と顎の周りに針、パルス(弱電を通し毛細血管、神経に刺激を与えること)お灸を行い、次はうつ伏せで頭と首及び肩、背中に針とお灸をし、最後に、極細の針で頭から首、肩の右部分のしびれ、痛みを取るために手作業で酸化した部分に刺激を与えて、古い血液溜りや極度の硬化伸縮した筋に刺激を与え、再起させる施行をして貰っていました。普通の患者さんのほぼ倍に近い時間を要しています。通い始めて一年半近くになり、中井先生は悲惨な僕の身体と向き合い、僕の回復に一緒になって取り組んでくれています。本当に嬉しい限りです。時々先生が僕のことを必ず治るオーラがあると言ってくれていて、ついつい天照大御神を真剣に意識する僕なのだが、よくここまで来たな というのが本音であり、社会復帰出来そうになってきている。

さて、新しい取り組みだが、顎関節の弛緩作業に

入ったのだ。太道の試合では、顎が外れる怪我等は、しょっちゅう起きるらしく、都度先生はその治療に携わっているらしい。不思議なことは、口を開ける努力をしてはいけないということ、自然に大きく開くまで、無理はいけないらしい。本当に最近は自分でも変化に気づくので鍼灸が楽しみになっている。思い切り横道に逸れたが、今日はPLの花火の日であり、さぞかし賑やかな大阪に触れれるとワクワクの一日のスタートで、しょうざんでは、着いた時点で治療を早く始めてくれ終わりもスムーズで、タクシーも早く到着、京都駅までも相当にドライバーの凄さを発揮して頂き17時5分発の大阪バスに乗れたのである。

あまりの嬉しさに、海ちゃんに連絡を入れ、あっという間に東大阪長田駅まで着いたのだ、ここで喜びを覆す事態が思いもよらない形で衝撃が足にくる。ドン という音と共に急ブレーキをかけられ、僕の組んでいた足は、前座席の後部にガツンとぶつかり あー,痛ー という瞬間、バスと乗用車が接触する事態に出会う。急いで足を撫でながら具合を確認、まあ大したことはない、良かった、ドリンクフックを片付けていて、、。

乗用車の運転手が降りてきて、怒鳴っている。バスは乗客の降車をし、布施駅に向けスタートをしたとき、前方に横付けしようとした乗用車と接触が起きた模様である。

これは、単なる不注意であるが、乗用車の運転も荒いしウインカーを出していなかったように思うが、それ以上に、バスはストップランプのままでスタートを切っていたような気がする。それはいかんだろうな、結局警察を呼び、現場検証、名前、年齢、連絡先を控えられ、代替えのバスが迎えに来てくれるまで待機。

結局一時間の遅れとなり、布施駅に到着。

何をあせったか、小銭の入った精算箱を運転手は忘れたらしくしきりに本部に連絡を取り、小銭を用意して布施駅に向かって欲しいと手配をしている。緊急バスで、精算機能が無くチャーター用の高級バスのようであったから、ギャルの客たちは高級感に騒いでいたよ、もう遅れなんか関係ないように映ったので不思議な気がした。

つい愚痴の一つでも言いたい心境であったが、まあ良いかと彼女たちが和ませてくれたのである。布施で精算をして、駐輪場に行く時、一時間遅れで出発した京都からの大阪バスの姿が見えた。

何て日なのであろう。思わず、全身の力が抜けるような虚しい気持ちになってしまった。

海ちゃんに無事到着の連絡を入れ、あれくらいの事故で良かったことの報告をする。悲惨な事故がこのところ高速バスでは多発しているので、良しとするか。

どちらの運転手も最悪の心境でしょうから、何の怪我もなく自宅に帰れるだけで良しとするか。

布施駅では、イオンの前が乗り入れ禁止となっており、盆踊り大会を盛大に行っている。明るい電球と浴衣の男女が まあええやないか と言っているように見えた。

やたらとオレンジ色に光る蛍光灯が優しく迎えてくれているようだ。

自宅までの自転車を漕ぐ力は、いつになく弱々しい按配にて候。

祇園祭と空

7月も30度を超える猛暑が続き、まだ梅雨も明けきらぬ折、京都では49年ぶりに「前祭」17日と「後祭」24日の2回に分かれ、150年ぶりとなる大船鉾が後祭りの最後尾を巡行する。

日本三大祭の一つであるが、それほど僕は馴染んでおらず、京都しょうざん鍼灸院に通い1年5か月で、仲が良くなったタクシーの運転手は2回に分けるのは考え物で、前祭りの日にちが変更され一日短くなり、

歩行者天国も一日のみとなったらしく、後祭りは大阪天神祭が25日にある為、わざわざ24日は京都へ来る客は増えることはなく、減るだけだとの素晴らしい分析を披露してくれた。

前祭 では、鴨川沿いに、どうもパイプ椅子を並べて、山鉾の巡行を見るためにその席を人籍3240円で販売するそうな。

ただしパイプ椅子の場所には屋根もなく、炎天下に座って巡行を何時間も待たねばならず、1時間から2時間で脱水症状のように疲れた客は、実際の目当ての宵宮祭りの神興を見る事も出来ず、疲れてホテルに帰る人が多く出るらしい。客は、わざわざ東京からとか祇園祭を見るために来ているらしいのだが、疲れただけで何も見ていない人が結構いるらしい。

前祭 はそれでも夜中の2時頃まで歩行者天国が続きその日だけ賑やかだったらしい。

暑い夏、祭りも考え物である。

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咽頭がんと向き合う時  20140717

今まで、毎年人間ドックに入り、検査を常に行ってきたところで、僕は咽頭がんが発見された。それがリンパに転移、食道の中にも膜が張ったような癌が見つかった。その後、様々なペットなどの検査を経て、右の頬にも癌が見つかり全てを除去したのである。

すぐに除去することが果たして良いのかは、本当に疑問であるが、咽頭癌は扁桃にできる可能性が一番高いそうであるが、癌全体の1パーセントに満たない珍しいがんらしい。治療方法は、軽度の場合は手術で対応、進行している場合は、放射線治療なしでの治癒はありえないらしく、抗がん剤治療をそれに加えることが主流らしい。

治療後の副作用で、口のただれや味覚の低下などの影響が出る場合もあるらしい。

僕の場合、声帯損傷、唾液が出ないために喉に違和感が残り、様々なバランスが崩れ、整体マッサージ、鍼灸医療、呼吸法の三つ巴で毎日のリハビリを行い、約一年半近くで、抗がん剤を終わらせることができ、何とか復活の手応えを感じている。

味覚については、以前よりもっと敏感であり、ただ繊細以前の問題で、未だに舌が痺れているのだ。

胸の締め付け、頭の痛み、頸の痛み、肩の痛み、足の痺れ、解決しなければならない問題がまだまだ山積である。

焦らず、じっくり、綾取りのようにほぐしていくしかしょうがないよね。

喉ちんこ部分の移植個所の動きがしっくりしないのは喉の動きを変えるしか無さそうな気がする。

やはり、試練とは仲良くするのが得策なのだろう。どえれえ大変じゃわい。

京の香り  20140716

京都は、小学生の修学旅行を手始めに、大学生時分より何度となく遊び歩いた。観光地がほとんどであるが、蕎麦と豆腐が大好きであったので、人づてに聞くお店にはわざわざ足を運び食したものである。

家庭を持ってからは、子供も愛犬も同行するので、入れるお店、観光すら限られてしまっていたのだが、病気を患ってから、週に2回とか3回をもうかれこれ一年半に及び、流石に狭い路地、情緒ある商店街など至るところに妙に精通する。

ただ京都駅から、しょうざん(松山)にタクシーで往復するだけなので、偏っていることは間違いないであろうが、季節ごとに、運転手から得る情報や、僕から質問をしたり、この期間になると、行き帰りの運転手が以前と同じ人にも出会うのである。

古民家の表情、だし巻き専門店、ラーメン屋、漬け物屋、ステーキ屋、和菓子屋など枚挙に暇がない。

がしかし、それらの味を理解しているのではない。外観、運ちゃんからの情報であり、耳どしよりとは正にこのことであろう。

あくまで京都行きは、しょうざん鍼灸院での治療がメインであるから、これから少しづづ視点を変えて、いろんな場所に足を運んでみたいと思い始めている。

これから先、まず一年は中井先生の針を受けに通うはずで、一口雑談のような 新しい路地裏の京都発見伝 なんて良いかもしれないね。

一般的な見解はわからないが、僕が一年間を通して解った京都という街は、伝統文化が根付く土地であり、住民が無くしてはならないものをしっかり理解しているように思えてならない。

観光は、伝統の保存と地道な住民による文化意識向上のなせる技であろう。観光客が年中絶えない文化遺産はまだまだ世界を魅了して行くはずである。

タクシーが多いのも、一般客と観光客がいるからなのであろう、通常の道路では、大阪などと比べると、はるかに普通車が少ない。地下鉄やバスなどが十分機能しているのかも分からないが、道路が混みすぎていて普通車では疲れるような気がする。

当たらずとも遠からずかな?

田んぼの便り  20140715

僕の故郷には畑と田んぼがある。小さな山天神様を祀っている天神山があり、その昔その神様を管理していたのが僕の家であったのであろうか、僕は天神くんと呼ばれていたのである。

8歳ぐらいのとても暑い夏、我が家が使用管理している田んぼは、近くの2区画だけで、他は遠いので、ほったらかしにしている。

田んぼでは、米を主にして、野菜、果物を作っていた。特に夏休みには僕の命をつないでくれる大切な場所である。春から、ニラ、ネギ、大葉、ナス、キュウリ、トマト、マクワウリ、瓜、スイカ、畦道に植える枝豆が、緑の稲穂の横でわんさか実のである。

僕の家だけではなく、他の田んぼもほぼ似たり寄ったりであったと思う。

幼少期より田畑を管理してきた僕にとってはことスイカ、マクワウリに関しては今ではいろんなところで紹介されているが、苗に実った果実は1本につき2個まで間引き、日付を付け、収穫時期を明記し、予定を立て日々チェックするのである。

当然大きく育てる基本であり、最低でも土曜日曜は進行状況を確認しているし、水路の毎朝の確認もあるので、ほぼすべての収穫時期、大きさなど父も僕も把握している。

何故か夏休みのとある日に、姉貴と姉の友達連れて、水泳に行く羽目になった。何時も学校指定の池か、暑い時は山奥の冷たい水の池かの2箇所を行っている僕は、教わる以前に勝手に泳げたので、どこでも自由に行っていたのである。山奥の方の池は水が青色で綺麗で魚はハヤ、赤モツ、黄モツ、青モツしかおらず、指定の池は鮒、鰻、カラス貝などがいて結構汚れているので、気持ちのいい方へ行こうということになり、泳ぎの人はほとんどいない池に連れて行ってやろうとカッコをつけてしまった。

同行二人には浮き輪を持たせいざ出発の折、休憩を30分で入れなければならずどうしたものかと考えた挙句、マクワウリ、スイカを冷やして食べようとつまらない考えが頭をよぎった。トマトやマクワウリは数が多いから少々食べても構わないのだが、スイカは、ばれるわな、日付あるし、収穫時期もわかっているし、でも泳いだら腹減るし暑いわな、などと幼心を悩ませた末

25センチ強の中ぐらい、まず甘いだろうという形のものを取ることにした。ついでに日付記録は捨てた。怒られるのは覚悟の上、しょうがない。

池で、重しようの石にスイカを括り、底に沈め冷やす。3メートルくらいの水面下で30分ほど冷やし、美味しく三人で食べた。勿論、数日後、おやじの拳固が頭に飛んできたことは言うまでもあるまい。

世の中男と女 今はそれだけではないよね  20140702

男女雇用機会均等法の指針が2011年12月見直しされたのです。セクシャルハラースメントが、異性、同性にも適用され、性的な内容の噂話、言動、行動など厚生労働省雇用均等政策課が主に男性が 性別に関する嫌がらせ(ジェンダーハラースメント)や、性別役割分担意識 が良くないという。

僕には理解できない分野に少し触れるが、男と女の社会で、同性の恋愛も僕には理解が出来ない。もちろん、否定をする気はないが、世の中は男と女がいて社会が出来ていること、又、他人が存在する社会であるから、共存、競争、美意識、見てくれを人間は意識しているので、自分一人なら何もないでしょ というのが僕の意識である。女性は女性、美しくもあり、怖くもあり、守るものと思うのは、時代錯誤の私ということか。

 

これからはもっと社会が高齢化するのだ。大きくとらえれば、セクハラはつまらない、一時しのぎにしか過ぎない事で、やめましょうにしたいものである。じいさん、ばあさんになって(実年齢いくつを当てはめるか、それが問題だ)

からでも、楽しい事、嬉しい事、高齢者用の旅行企画、高齢者用のお見合いなど、いくらでも考え、取り組む事は出来るし、高齢者の遊び場所も公園と同じで必要である。ゲートボール、パターゴルフだけでなくもっと皆で増やしましょう。ここに子供が入れば尚いいですね。ビー玉、トランプ、新しいオセロっぽいゲーム、特にオセロなどは簡単に考えれる会話もできるゲームは良いと思いますね。

 

家族、地区、色んな場所で話し合いましょう。これからの社会の課題を。新しい社会の在り方、人と人の関わり方を見つけませんか?

案外、情報化社会だからこそもっと身近に老人から若い人までが笑い集えるゲームでも作りますか。

おいしい野菜の種   20140629

次世代に馳せる思い 当然であるが、我が二人の息子、アール君と、なお君たちも含んでのことになるが、健やか と云う言葉には素晴らしい意味があるのではなかろうか?

読んで字のごとしと云うのであれば、健康であること、すなわち体が丈夫であり、心身が健全であるさま となる。

まず健康から考えると、自然の中で育まれたものを美味しく頂き、生きとし生けるものを大切にする、野に息吹く野菜、果実、川で育つ魚、海藻、蟹、次いで鶏、豚、牛などの家畜類、さて、何処まで行けば健康食と云えるのかが大きな疑問であるが、命を授かり、生きていく限り、命を大切にしたいと願うのである。

野草は、豊穣な土壌から生まれてきた。世界、特に日本では四季があり、各季節ごとに植物の芽、植物の葉、植物の実が出来てきた。生、茹で、焼き、蒸し、炒め、揚げを基本とし、乾燥、麹を加えて美味しい料理に変わっていくのである。

我々人間は、もともと自然と共存し、貝塚が示すように、今後を見据えた捕獲を生業としていたし、お茶で抗酸化物質カテキンを自然に取り始めている。魚も、イワシ、サバ、さんま、鮎、イワナなどEPA(エイコサペンタエン酸)血液のサラサラ効果を発揮する食品を主に、海藻、でんぷん、納豆、大豆,お酢に至るまで和の献立の基本が人体に良い物ずくしなのである。さらに山の恵きのこ、野菜のたまねぎ、にんにく、ワサビ極めつけは、梅干しと味噌に尽きると思う。

幸せな食文化に本来感謝すべきであり、もっと子供たちにも伝えたいものである。

私は幼少の頃より田畑を耕して、野菜、果物造りに関与してきた。我が家(田舎)では、鶏糞をやり、肥すなわちうんちを年に2回やり、農薬はまず使っていなかった。

田んぼに肥やりは大したことは無かった。これが畑になると大変で、一番高い処では三百メートル近い高さにある栗林があり、嫌な記憶は忘れないでいる。

栄養剤が高かったからかもしれないが、大根にしろ、白菜にしろ、大葉、枝豆など全て葉っぱに虫食いの部分が常にあった。トマト、キュウリ、ナス

全てに於いてもっと甘く、もっと素材のふくよかな香りと灰汁が存在していたのである。野菜の表面に、生命の息吹を感じていた。